建築様式を識る:ゴシック、バロック、モダニズム建築の比較と鑑賞のポイント
建築様式を知ることで街の見え方が変わる
街を歩いていると、あるいは旅先で訪れた際に、歴史を感じさせる荘厳な建物や、洗練された現代的な建築物に出会うことがあります。それらの建物には、それぞれの時代に培われた独特の「様式」が存在し、それを識ることで、ただ見るだけでは得られない深い洞察と感動が生まれます。
この記事では、数ある建築様式の中から、特に個性が際立ち、見る者を惹きつける「ゴシック建築」「バロック建築」「モダニズム建築」の三つに焦点を当て、それぞれの特徴、生まれた背景、そして代表的な建築物を比較しながら解説します。これらの様式を見分けるポイントを知ることで、今後の建築鑑賞がより一層豊かな体験となることでしょう。
1. ゴシック建築:神への到達を目指した垂直性の美学
時代背景と精神
ゴシック建築は、12世紀半ばから16世紀頃にかけて西ヨーロッパで発展した様式です。中世キリスト教文化が深く浸透していた時代において、人々は神の存在を強く意識し、天に近づくことを切望しました。このような精神性が、建物の形態に垂直性という形で強く現れています。
特徴と見どころ
- 垂直性の強調: 天高く伸びる尖塔や、細長く伸びる窓、柱などが特徴です。建物全体が天に向かって上昇していくような印象を与えます。
- 尖塔アーチ(ポインテッドアーチ): これまでの半円アーチに代わり、先端が尖ったアーチが用いられました。これにより、構造的な安定性が増し、より高い天井を実現できるようになりました。写真1に見られるように、この尖塔アーチが連続して使われることで、垂直性が一層強調されます。
- リブ・ヴォールトとフライング・バットレス(飛び梁): 天井部分を支える「リブ・ヴォールト(肋骨状の交差ヴォールト)」と、外壁の荷重を分散させ、外側から支える「フライング・バットレス(飛び梁)」の技術によって、分厚い壁が不要となり、壁面を開放することが可能になりました。図Aのように、外から見るとこれらの構造体が建物を力強く支えている様子が分かります。
- ステンドグラス: 壁面が開放されたことで、大きな窓に美しい「ステンドグラス」が嵌め込まれるようになりました。光がカラフルなステンドグラスを通して差し込むことで、教会内部は幻想的な「神の光」に満たされ、人々に畏敬の念を抱かせました。
代表的な建築物
- ノートルダム大聖堂(フランス・パリ): 代表的なゴシック建築の一つであり、特にその壮大なファサードと、建物を支えるフライング・バットレスが有名です。
- シャルトル大聖堂(フランス・シャルトル): 美しいステンドグラスが数多く残されており、「シャルトルの青」と称される独特の色合いの青色が特徴的です。
2. バロック建築:感情と劇的な表現の追求
時代背景と精神
バロック建築は、17世紀から18世紀にかけて主にイタリアで誕生し、ヨーロッパ全域に広まりました。絶対王政の確立や、宗教改革に対するカトリック教会の「対抗宗教改革」の動きを背景に、人々の感情に強く訴えかけ、権力や信仰の壮大さを視覚的に表現することが求められました。
特徴と見どころ
- 曲線と躍動感: ゴシック建築の垂直性やルネサンス建築の均衡とは異なり、曲線、楕円、螺旋といった多様な形態が多用されます。これにより、建物全体に動きや躍動感が与えられています。写真2では、ファサードの壁面が波打つようにデザインされている例が見られます。
- 過剰な装飾と華やかさ: 豊かな彫刻、フレスコ画、金箔、大理石などが惜しみなく使われ、きらびやかで豪華絢爛な空間が特徴です。天井画には「だまし絵(トロンプルイユ)」が用いられ、空間が無限に広がっていくような錯覚を生み出します。
- 光と影のコントラスト: 光の取り入れ方が非常に巧みで、劇的な陰影を作り出すことで、空間に深みとドラマ性を与えます。光の演出は、人々の感情に訴えかける重要な要素でした。
- 複雑な平面計画: 単純な幾何学形だけでなく、複数の曲線や楕円を組み合わせた複雑な平面計画が用いられ、空間に予測不可能な変化と奥行きをもたらします。
代表的な建築物
- サン・ピエトロ大聖堂(ファサード・広場、バチカン市国): ベルニーニによる広場の楕円形のコロネード(列柱廊)は、バロック様式の特徴である曲線と壮大さを見事に示しています。
- ヴェルサイユ宮殿(フランス・ヴェルサイユ): 特に「鏡の間」は、豪華な装飾、フレスコ画、光の反射を利用した空間演出で、バロック建築の華麗さと権力の象徴を見ることができます。
3. モダニズム建築:機能と合理性を追求した新しい形
時代背景と精神
モダニズム建築は、20世紀初頭に産業革命と技術革新を背景に生まれました。装飾を否定し、機能性、合理性、普遍性を重視した新しい建築のあり方を追求しました。科学技術の進歩によって可能になった鉄骨、鉄筋コンクリート、ガラスといった新しい素材の特性を最大限に活かすことが目指されました。
特徴と見どころ
- 装飾の否定と機能美: 「装飾は罪悪である」という考えのもと、過剰な装飾を排し、素材そのものの美しさや、構造、機能がそのまま形になる「機能美」を追求しました。直線と幾何学的な形態が基本となります。
- 新しい素材の活用: 鉄骨、鉄筋コンクリート、ガラスが主要な素材となり、強度や耐久性が増したことで、より大きく、開放的な空間が実現できるようになりました。写真3に見られるように、ガラス面が建物の多くを占める例は、モダニズム建築の象徴です。
- ル・コルビュジエの「近代建築の五原則」:
- ピロティ: 柱で建物を持ち上げ、1階部分を自由な空間とする。
- 屋上庭園: 屋上を庭園として利用する。
- 自由な平面: 間仕切りを自由に配置できる。
- 自由な立面: 壁面を構造から解放し、窓などを自由に配置できる。
- 水平連続窓: 細長い窓を連続させる。 これらの原則は、モダニズム建築の思想を端的に示しています。
- 空間の開放性: 壁の役割が構造から解放され(非耐力壁化)、大きなガラス面や自由な間取りが可能になり、内部と外部の境界が曖昧な開放的な空間が作り出されました。
代表的な建築物
- サヴォワ邸(フランス・ポワシー): ル・コルビュジエが提唱した「近代建築の五原則」が完璧に具現化された住宅であり、モダニズム建築の記念碑的存在です。
- 落水荘(アメリカ・ペンシルベニア州): フランク・ロイド・ライト設計。自然との一体化を目指した「有機的建築」の代表例で、自然の中に溶け込むような水平方向への広がりが特徴です。
様式間の比較と鑑賞のヒント
これらの様式は、それぞれ異なる時代精神と技術進歩を背景に生まれ、対照的な特徴を持っています。
- 垂直性 vs 曲線 vs 直線: ゴシック建築が天への到達を目指す垂直性を追求したのに対し、バロック建築は曲線と複雑な構成で感情的な動きを表現しました。そしてモダニズム建築は、装飾を排した直線と幾何学で機能性を追求しました。
- 光の表現: ゴシック建築はステンドグラスを通して「神聖な光」を、バロック建築は光と影のコントラストで「劇的な光」を、モダニズム建築は大きなガラス面から取り入れる「均質な自然光」をそれぞれ追求しました。
- 空間の体験: ゴシックは荘厳な高さで畏敬の念を、バロックは予測不能な曲線と華麗さで驚きを、モダニズムは開放的で機能的な空間で新しい生活の可能性を提示しています。
これらのポイントを意識して建物を眺めることで、その建物がどの時代に、どのような思想のもとに建てられたのかを想像できるようになります。例えば、フライング・バットレスが見えればゴシック、華やかなだまし絵の天井があればバロック、ピロティで浮いているような建物であればモダニズムといったように、様式を判別する手助けとなるでしょう。
建築様式を知ることで広がる世界
建築様式を識ることは、単に建物の名前や年代を覚えること以上の意味を持ちます。それは、それぞれの時代の人々が何を考え、何を感じ、どのような社会を築いていたのかを理解するための鍵となります。
旅行先で教会や宮殿、あるいは現代建築の美術館を訪れた際、この記事で紹介したような様式の見分け方を試してみてください。建物の細部に宿る職人の技や、設計者の意図、そして時代を超えて受け継がれる美意識に気づくことができるでしょう。様式の知識は、私たちの街歩きや旅行を、より深く、より魅力的な体験へと変えてくれるはずです。